Wednesday, 16 February 2022

NISHI Junzo and Dictionary

以下では、やや細かくなるが、スイスの言語学者Charles Bally シャルル・バイイの『一般言語学とフランス言語学』小林英夫訳、岩波書店 1970年8月31日 初版発行、を適宜参照する。

小林先生はこの大書を訳了するまでに、1957年から1970年までの13年間を要したことが、訳書の冒頭の「解説」に記されている。和光で中国思想史等を講じられた西順蔵先生は、若き日朝鮮の京城大学で小林先生とともに、学生を教えられた。西先生から、小林先生の面影を教えていただいたことが、今も懐かしくおもわれる。日本へ帰国するとき、西先生は小林先生とご一緒であったとうかがったことがある。

西順蔵先生からは私の勉強の基盤となる中国哲学等のご教示を受けたが、本論考とは別の分野であり割愛する。かつて中国古代思想史の講座においてほぼ半年にわたって講義された易経は忘れ難い。またゼミ生と一緒に幾度か旅した憶い出は尽きない。特に群馬県の霧積温泉への二度の旅が懐かしい。先生の奥様が作ってくださったパウンドケーキを先生が手ずから切って私たちにふるまってくださった。夕食後先生と二人で話した折り、私が当時少しずつ参照していた段玉裁の『説文解字注』について尋ねたとき、先生が即座に「あんな難しい本、読めるかいな」とおっしゃったことが記憶に残る。私は咄嗟に、先生と私の本に対する、レベルの遙かな懸隔をおもいやった。

西先生の1984年の没後、社会史の阿部謹也先生が書かれた『北の街にて』講談社 1995年を読み、小樽にいらした阿部先生と東京の西先生との間で100通を超える手紙のやり取りがあったことを知った。西先生が霧積で阿部先生のことを、遠くを想いみるようにして話されたことがしのばれる。余事であるが、私は『北の街にて』読了後、阿部先生に、西先生をしのぶ短い詩を添えてお手紙を差し上げた。先生は未知の私に丁重なご返事をくださり、その中で、あの霧積のころが懐かしいとお書きになっていた。私も今、両先生を霧積と重ねて同じ憶いにかられる。
そのころまた、川崎庸之先生とご一緒して旅した日々も懐かしい。

『西順蔵著作集』全3巻・別巻1巻が1995年から1996年に内山書店から刊行された。編著『原典中国近代思想史』全6冊、岩波書店 1976年ー1977年は、先生を慕う若き研究者たちと横浜の先生の御自宅で講読を続けた、当該主題の必須の文献である。

 

INFLUENTIAL 3

 

先生はまた、『岩波哲学小辞典』栗田賢三・古在由重 編 岩波書店 1979年、の中国関係の項目のすべてを執筆された。

大学からの下校時、先生とご一緒したとき、先生からじかに伺った。この辞典は小型であるが、哲学の基本概念を簡潔にしかも精密に定義して、固有名詞等には原綴りを添えている。また索引が整っていて、人名索引・事項索引・外国語人名索引・外国語事項索引・ロシア語索引の5種の索引がある。索引だけで、279頁から321頁の43頁を要している。

私は小型辞典の有用性は極めて高いとおもう一人である。かつて辞書をほとんど利用なさらないとおっしゃっていた川崎庸之先生が愛用しておられた一冊の小型辞典がある。山川出版社から昭和32年1957年に刊行された『日本史小辞典』である。先生はこの辞典を称して「玉手箱のようだね」とおしゃっていた。

常用ではないが、ときに必須となる小型辞典の数冊を列記する。小型辞典は一種不思議な存在であると、今もおもう。
限られた容量の中に、だれもが必要とするものを、どう選択してどう記述するか。

OXFORD New Greek Dictionary. Greek-English English-Greek. Oxford University Press. 2008
THE BANTUM NEW COLLAGE LATIN & ENGLISH DICTIONARY. Bantum Dell. 1966
The Concise Dictionary of ENGLISH ETYOLOGY. Wordsworth. 2007
Oxford English Mini Dictionary. Oxford University Press. 1981
Paperback Oxford English Dictionary. Oxford University Press. 2001
LONGMAN Handy Learner's DICTIONARY OF AMERICAN ENGLISH NEW Edition. Person Education. 2000
PETIT DICTIONNAIRE FRANCAIS. Librairie Larousse. 1990
The Oxford Quick Reference German Dictionary. Oxford University Press. 1998
OXFORD New Russian Dictionary. Russian-English English-Russian. Oxford University Press. 2008


西先生からは、著述に関する大切なことを教えていただいた。

1985年に三省堂から刊行された『熊野中国語大辞典』のことである。この辞典を編纂されたのは、西先生の一橋大学における同僚でいたした、熊野正平先生である。熊野先生は一橋において、中国語学を学生に教授されておられたが、先生の生涯の学績は、上記の辞典の編纂と刊行とであった。この辞典の編纂がいかに困難であり、さらにその刊行はさらに困難であった。しかしさまざまな障碍を超えて、先生の編纂着手以来30年を経て、この辞典は刊行され、多くの方々に先生の学績は受け継がれた。熊野先生が昭和46年1971年に書かれた「緒言」と1985年に三省堂によって書かれた「あとがきに代えて」を以下に引用して、先生が遭遇したその困難の一端をお伝えしたい。


 

緒言

「この辞典の編纂は昭和30年着手、爾来約15年を経てようやく出版の運びとなった。(中略)カードの総数は約20万枚、整理によって除いたものが約5万枚、従って編纂工作の対象となったのは約15万枚であった。」

「原稿カードをインフォーマントの中国人と共同して逐一検討するような愚直な方法は、かなり時間のかかる労作ではあったが、これは一度は誰かがやっておくのも異議無しとしないと考え、私は敢えて終始この方法を採った。(中略) 昭和46年 春 熊野正平 識」

あとがきに代えて

「本書は元来コンサイス・シリーズの一環として企画された。(中略)これをお諮りしたのは1954年(昭和29年)秋のことであった。」

「この時期は国の内外において転換の時期でもあり、(中略)ひいては小社の倒産(1974年)という現実もこれに追い打ちをかけることとなっていった。(中略)1973年に本企画は已むなく中止となった。」

「先生は黙し難い思いを胸底に秘められたまま遂に1882年(昭和57年)不帰の人となられた。(中略)まさに満84歳の御生涯であった。」

「善意と努力と協力が結晶し、昨年10月10日(中略)上梓されたのである。その淵源より数えてまさに一世代、30年を要した。(中略)1885年4月8日 株式会社 三省堂」

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