―ガウス平面からリーマン球面に射影するだろう、そこにオーロラのように言語が生まれる。球の中心すなわち座標の原点から光のような素子が飛び立つ。なんて言ったっけ?
―dictoron。
―あれはなに?
―かってに名まえをつけて、定義がすこし甘いんですが、言語認識素子。
―そう、それがリーマン球面まで到達する。速度は一応光のフォトンと同じだったね、すべての認識素子は同一時間で球面に達する。そして球面を人間の認識領域だとすると、その領域上の言語をすべて同一の時間で言語認識素子は認識する。物理的な時間は同じだ。ところが球面上の言語間の距離をその弧として捉えると、そこには当然さまざまな距離が生じている。その距離を言語認識素子の速度で割ると、弧の長さに応じて、時間に長短が生じる。物理的な認識時間は同一でも言語領域上の弧の認識時間に長短が生じるというわけだったね。
―そのとおりです。
―表題のところにあの文書だけInterludeってついてたけど、あれはなに?
―間奏曲という意味で、すこし遊んでもいいかなっておもって。モデルだから、作ろうとおもえばどんなふうにも作れるんです。
―でも多少はヒントがあったんだろ?
―認識素子の想定は物理のダヴィッド・フィンケルシュタインを真似てみました。フォトンと同一速度なんていうのもそのためです。リーマン球面を人間の認識領域に設定して、そこに距離の概念を介在させると、時間の絶対認識と相対認識がきれいに相違するということは自分で思いつきました。そのころ意味における距離の関与について考えていましたから。
―簡潔でいいモデルだけど、しかしあの射影をそのままでさらに発展させることはむずかしいんじゃない?
―そうなんです、今は関数全体の集合から空間を定義するという最近の考え方が自然におもわれます。中島啓が提出した、母関数の類似を幾何学的に考える母空間なんてなんとも魅力的です。それをフォローした牛腸徹が、非線形偏微分方程式の解全体として理解されるモジュライ空間の解の個数で作られる母関数が密接に関係し合っている状態は、限りなく量子論的だと言っています。またその前提として牛腸は、母空間上の関数空間を考えてそこからベクトル空間上の対称テンソル空間を定義し、元のベクトル空間をその双対空間上の対称テンソル空間と同一視すると、母空間上の関数空間がその対称テンソル空間とまた同一視でき、結局、場の空間における粒子の生成と消滅が記述できるというのです。
―つまり粒子の生成と消滅が数学的な根拠を持つ Generation and extinction of quantum has mathematical foundation というのだね。
―そうです。
Source: Tale / Print by LI Koh / 27 January 2012
References: Quantization of Language / 24 June 2009
Discreteness of Language / 19 July 2009
Summer wood of Itsukaichi, Tokyo
8 July 2014
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