Saturday, 30 September 2017

To Winter 12 Amedeo Modigliani

12 Amedeo Modigliani
モディリアニ
版画に端を発した言語への問いは、一度は判断中止に追いやっていた彼の中の普遍への関心を、いっきに眼前にばらまくような結果 になった。時間がその中心にあり、それに付随して祈りの問題があり、それらの果てにすべてを意味として 包含する言語の問題があっ た。 むかしAが話した内容について、友人からそうなるともう哲学だからと答えられて、話がそこで終焉したことがあった。言い換えれ ば、妄想なら自由にできるだろう、そういうことだった。しかし今またそう言われたとしても、そういう場面にまた出会うことは少な いかもしれないが、Aはもうまったく気にならなくなっていた。 A を励ますことばがあった。無文字社会を、あるいは現代の隔絶した地域に存在する伝達機能の生成と消滅を追い続ける川田順造 が、 パリでの若き日に公開審査で言ったことばだった。「道は遠い、だがまだ日は暮れていない」と。 モディリアニ展のあとのことだった。 春の嵐のような風が、早めに出てIを待っていた美術館の前庭のまだ植栽したばかりの細い木々の枝を、ときどきひどく揺らしてい た。 館内の高価な椅子にもすわってきた。確かにすわりやすかったが、ふつうの椅子でも充分かなとおもったら、急に外の風を感じたく なった。 ―ごめんなさい、おそくなって。 Iの短かい髪も風に揺れる。 ―いいよ、ぼくはいつも早いんだから。 ―よかったわね。それで椅子にはすわったの?  たのしそうに問いかける。 ―すわった、それほど高価な感じはしなかった。やっぱり、椅子は椅子だね。 ―わたしもすわったわ。たしかにそんな感じね。 新しい美術館に来る前の、たのしい期待だった。  風がときどき強くなる。 ―目録は買った? ―どうしようかなとおもったけど、そのまま出てきた。 モディリアニは生きる勇気を与えてくれる。おまえはそのままそこにいればいい。おまえが見たいものを見ていればいい。 ―買ってくる?わたしもすこし見たい気がするし。 ―それはうれしいけど。 Iはもう一度、ガラス張りの入口の方へ戻っていった。 向こうに見える庭園風の植栽も風に揺れている。恋人同士がそこを歩いている。  しばらくすると、Iが白い袋を手にして、ふたたび前庭に、風の中に返ってきた。 ―絵はがきも一枚買ってきた。 ―どんな絵? ix ―どんな絵だとおもう? ―わかんないな。 ―ジャンヌ・エピュテルヌのデッサン、あごに手をあてているの。 ―油絵よりもすごいくらいだね。 モディリアニのデッサンはすばらしい。世界がそこで切り取られるかのようだ。 ―前に見たモネとどっちがよかった? ―モネもよかったけど、ぼくはモディリアニかな。 ―ふーん、どうして? ―何を見たんだろうね、何かを見たから、どこまでも肖像を描いた。 ―何を見たの? ―わからない。 ―わたしは両方ともよかったわ。モネはモネで。 ―晩年の庭がよかった。あの花々のアーチをくぐり抜けていく道。 ―みどり濃い木立の中にいろんな花があったわね。すこし歩いてみない?風が気持ちいいから。 Iの春らしい服が風を受けている。 まるで恋人みたいだ。

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