Friday, 12 October 2018

To Winter 8


To Winter

8
 
古本屋街のあるD駅へ都市線で向かった。古ぼけたホームから階段を下りる。低い梁がながい間の埃にすすけ、階段は黒く縁が磨り 減っている。製図学校や簿記学校の活字の多い広告が変わることなく貼られていて、ああまたここに来たと彼はおもう。
  改札を出ると夕ぐれの町が若者たちの姿をなかばシルエットにして、行き来させる。左側に売店がある。その前方のガード下に幹線 道路が走り、道路を路面電車がきしみながら過ぎて行く。右へ行けば古本屋街。中央のガードの下に、つまり都市線の下に、運河がな がれている。駅名と同じ古ぼけたD橋が架かり、よどんだ水面をときおり平たい荷舟が通って行く。 むかしとなにも変わらない。
 橋の向こうは大きな交差点で、その向こうに灰色の高い学校がある。夕ぐれの中に点々と、まだ学んでいるのか灯りがともっている 。 これもむかしのままだ。橋に立って川面をながめていると、人々が絶え間なくながれて行く。橋はそういうところだ。とどまるところ ではない。
 Aはそこから運河をながめているのが好きだった。荷舟はどこまで行くのだろう。いずれ海辺近い港か集積場で荷を降ろす のだろうか。荷舟は時のながれを二重にするかのように、よどんだ運河の上をゆっくりと下方へと移動して行く。
  運河の左手は駅舎で、右手は建物群の裏側になる。いくつもの看板が駅の方に向いている。東洋王者が構える姿を描いたボクシン グ・ジムのややゆがんだゴシックの看板はまだ健在だ。 橋はもうところどころコンクリートが剥げ落ちている。古ぼけた町にふさわしい。 錆びた鉄の欄干にもたれていると、今日は多いの かもしれない荷舟がまた橋をくぐって行く。  
 もはや本屋街をさまようことはない。対象は私のうちにある。私はただこの運河をながめていればいい。遍歴は終わった。たぶん永 遠にマイスターにはなれないだろうが、みずからの小さな仕事場で、日が落ちるまで作業をすればいい。すると仕事場の窓辺を聖者が 通って行く。かつてそんなロシアの民話を読んだ。  
 秋の日ぐれは早い。路面電車のヘッドランプがまぶしいくらいだ。黄褐色の窓に少ない乗客が照らし出され、古本屋街の方へ消えて 行った。駅の売店がにぎやかな橙の光に包まれている。

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