Wednesday, 26 December 2018

ANIF Resting Elbows Nearly Prayer TEXT 9 School ground 10 Summer festival 2007









ANIF
Resting Elbows Nearly Prayer

TEXT

9    School ground
10  Summer festival

9 校庭
2年の夏休みに入り、陸上部の練習が終わったあと、シューズをしまっている田所のところに、めずらしく村木が来た。図書委員会などで一緒になったときは、ときどき話したりするが、校庭で話をするなんてあまりない。
「田所君、立山市の夏祭って見た?」
「七月の終わりのやつ?見てない」
「今年見に行かない、ちょうど土曜日だし」
 相当びっくりした。どうしてそういう選択になるのか、田所にはわからなかった。
「えつ?、オレなんかでいいの?」
「そんな人いないわ」
それはそうだ、オレがそんな人であるはずがない。
村木の髪が1年のときより少し長くなった。それを今日は後ろで無理に束ねている。
「花火がいいって、去年見た人がいってたの、来年はもうそんな気分にならないかもしれないし」
確かにそうかもしれない。
「花火は飛行場であげるらしいな」
「そう、立山通りだっけ、あの辺はすごい人だって」
「行ってみるか」
「いい?」
なんだかよくわからないけれど、それはそれでいい。一瞬金井に伝えようかとも思ったが、それはやめた。
夏の校庭が田所は好きだった。定時制が5時半から始まるため、全日制はそれまでに帰らなければならないことになっているが、なかなかそうはならなかった。事実田所は何回か自分の教室に忘れ物をしていて、コンコンと、定時制の授業中に入り口をノックして、自分の座席から忘れ物を持ってきたことがある。
そこへいくと校庭は自由だ。定時制の体育の授業がときどき始まることもあるが、夏だと広い校庭に6時過ぎまでいてもそれほどの違和感はない。
それに今は夏休みに入り、明かりがところどころしかまだついていないが、夏休み前の校庭や、秋の文化祭のころの校庭から、明かりのともった校舎を見るのは気持ちよかった。多くの若者がここに集っている、その活気がすばらしいものに思われた。
10 夏祭
夏祭はさすがにすごい人出だった。午後6時に北口改札口前で会う約束をしたが、乗り降りの人でいっぱいだった。田所は出て左のいつも焼き栗を売っているところに近いところで待っていた。村木は時間ちょうどに来た。
「すごい人ね」
「うん、びっくりした」
北口を出て左の立川通りをまっすぐ行くと、立山飛行場の端に出る。花火はその縁のあたりで上がるらしい。みんなそっちへ歩いていく。途中、立山書房もまだ開いているが、この人出でも、なかに人はあまりいそうもない。
立山高校は、制服が特になく、めいめいが自由な服を着てきていたが、それでも自然に制服らしいものができて、田所もふだんは黒い学生服だったし、村木も紺色の制服だったが、今日は二人とも夏休みのクラブのときのような服装だった。髪がまた短くなっている。
「あれ、髪切った?」
「暑いから」
少し長い髪はそれなりによかったのに、そのことは言わなかった。たしかにこの方がいつもの村木らしい。
「私ね、田所君に聞いてもらいたいことがあるの」
 やっぱりそうか。
「田所君、前に物理にしたっていってたわね」
「うん」
図書委員会の帰りに話したことがあった。飛行場に近づくと歩道から人がはみ出して歩いている。帰る人はまだそれほど多くないが、綿菓子やボンボンと呼ぶ水の入った小さなゴム風船を持っている人がけっこういる。
「自信あるの?」
「ぜんぜんない」。それはたしかだ。しかし、物理が厳然としてあることは事実だ。それとそこに接近できるかどうかは、まったく別だ。しかしそれをうまく言えない。
「それでも平気なの?」
「平気じゃないけど、好きだからしょうがない」
なんか村木に言っているような気がしたが、それは今の問題ではない。
「この間も金井に、おまえの数学じゃ無理だと言われた」
「金井君はすごいもの、この間もたしか5番だった」
村木はたしか30番ぐらい、田所と大して変わらない。
立山ボーリング場の近くでは、人が密集してうまく進めない。その先の飛行場の敷地の縁に行くとまた少し空くようにみえた。
「もう少し先に行ったところで見ないか」
「そうね、向こうの方が少し空いているみたいね」
そこは、踏み切りになっていて、その先に飛行場の金網があるが、今日はお祭で、その入り口が開放されているらしい。
「私ね、教育学部が希望だったの。でもそれは、ほんとうの自分ではないと思うようになったの。私のほんとうの目標はピアノなの。音楽っていってもいいけど。でも自信がないから、教育学部で、音楽を選択しようとしてた。その方が安全だから。私の音楽では、ほんとうの専攻は無理と思ってた。」
村木が言いたいことはわかった、と思った。
「中学からずっと陸上をやって、それはそれで全力を出したと思ってる。でも音楽はもっと小さいときから、いつも私のそばにいた」
田所は、中庭で諏訪さんと踊っていた、あのかろやかな村木の姿を思い出した。あんな表情としぐさは、陸上では見たことがなかった。
「ポリーニって知ってる?イタリアのまだ若いピアニスト」
「知らない」
「彼はね、若いときにコンクールで賞を取ったんだって。でもその後、ずっとひきこもって自分で研鑽を積んでいたんだって」
「うん」
「この間、彼のレコードを初めて聞いたの。シューベルトを弾いてた」
 シューベルトなら田所も知っている。「冬の旅」はこの間も、音楽の授業で聞いた。
「彼のシューベルトは、まるでスポーツみたいなの、完璧な技術で、芸術じゃなくてスポーツみたいなの」
「スポーツ?」
「そう、感情なんてどうでもいい、完璧に技術でいいって感じなの、それが自分なんだというふうに、自分の音楽を自分でずっと暖めてきた、これが自分の音楽なんだと、そういうことがわかったの」
「それで変えたわけ?」
「そう、自分に忠実じゃないといけない、人がどう思うかとか、この実力でどうなのかとか、失敗したらどうするのかとか、私はそういうことをどうしても考えてた、でもポリーニを聴いて、私は私がいちばん求めているものを大切にしなきゃいけないとおもった」
「オレはね、表現っていうことを考えてた」
村木はじっと聞いている。
「自分がいちばん表現したいものをしたい。だから、金井に言われてもほとんど気にならない。金井もそうだし、篠塚も数学がすごい。それはもう本質的なものかもしれない。やっぱり天分はあると思う。陸上をやっててすごくそう思う。練習で伸びるということはあるけど、天分は別。でもオレは陸上が好きだし、あの大地の感触や風を感じることが好きだ。だから続けてきた。実力だけだったら無理だった。」
言ってることがだんだん支離滅裂になった。でも村木は真剣に聞いている。
「ある本に出てたんだけど、村木さんなら、安らぎと自由、どっち取る?」
「安らぎってなに?」
「信仰とかそういうこと」
「信仰があればすばらしいけど、それは無理だから、自由しかない?」
「自由って試行錯誤の別名、そう思うよ。多分これから失敗ばっかで、後悔ばっかな気がする」
「物理のこと?」
「それもあるけど、それ以外にも」
「ありがとう、なんか少し進めそう」
村木の表情が少し明るくなった気がした。でもそれは花火のせいかもしれない。
ゆっくりと、ゆっくりとして、花火がしゅるしゅると音を立てて上り、大輪の花を空一面にひろげた。そして地響きのような力強い炸裂音がそれに続いた。
「今日ありがとう、一度話したかったの」
僕の方こそ、ありがとう、村木、最高の夏になった。

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