Saturday 30 September 2017

To Winter 14 John Peabody Harrington, Roman Jakobson, FUKAYA Kenji, Maxim Kontsevich, ZHANG BInglin and Roger Penrose

14  John Peabody Harrington, Roman Jakobson, FUKAYA Kenji, Maxim Kontsevich, ZHANG BInglin and Roger Penrose
言語の記述
丘の上の図書館からは町が一望できる。三階の東側のフロアがコンピュータ室になっている。そこではインターネットが常時つな がっていて、どのテーブルでも自由に使えた。休日はその窓寄りの場所で過ごすことが多くなった。窓の左側、北東に、高い青緑の建 物群がそびえている。高台のここから見ると一段と高い。そこだけが空を突き上げるようにそびえている。そのすぐ南に、Aの住まい もあるはずだ。ヒヨドリはああした高い建物にぶつかったのだろうか。ガラスの壁が遠く鈍く秋の午後の光を反射していた。 鳥のいなくなった部屋を久しぶりに掃除していたら、隅に幾つか、ヒヨドリの産毛が落ちていた。やわらかい羽は、放せばしばらく は中空に漂った。そんな幼さでもう都市の中で生きていたのか。いまは丘陵の木立の中でゆっくりと休んでいることを願った。  Aは Web ページをはじめ Dreamweaver で作っていたが、次第にその量が大きくなってきたので途中から Expression Web に変えた。 文書もはじめは Office を使っていたが、まもなく Zoho に変えた。こうしてこまかな数式を LaTex を使って素早く表記することができ るようになった。Backup を SugarSync を使って自動的に行なうと、A のすべての痕跡は Cloud 上にあることになった。 文書は英語で書いた。数式以外の通常の文は、限られた語彙で比較的容易に書くことができる。これならばどこかで だれかが見てく れる可能性がある。淡い期待をしたが、反響はほとんどなかった。それは当然といえば当然だが、この広い世界で一人や二人、自分に 共感してくれるものがいてもいいのにとおもったが、それも途中からはほとんど気にならなくなった。私はただ書き続ければいい。ア メリカン・インディアンの諸語を採録し続けたジョン・ピーポディ・ハリントンのような人がどこかにいないとは限らない。1920 年ごろのフィールド調査をしているスミソニアン協会所蔵の写真は、どこか西部の開拓者に似ている。この 都市の片すみで、ひっそり と未来のハリントンを待つのも悪くはない。 時間を含む言語をモデルを使って可能態として考えるのは、たのしい作業だった。しかし実際には、独創的なものなど,めったに作 成できるものではない。ありきたりの発想を超えられなかった。 彼はすこしずつ作業の手順を整えていった。最初に簡潔なモデルをつくる。そのモデルにふさわしい図形を選択する。その図形を幾 何で表記する。その幾何は深谷賢治に従って、「群とそれが作用する空間の組」とした。根本的なことを簡潔に確認し展望することが xできるのが深谷の魅力だった。 ヤーコブソンの「意味最小体」semantic minimum を参考にして、幾何的な「意味の最小単位」meaning minimum を新しく設定し、 閉区間 closed interval で時間 t を動かすことによって、時間をひとつの意味として内包する幾何的な語 word を定義した。こうした方 向を異なる幾何のレベルで、幾度も繰り返した。 言語の普遍性は数学の不変量 invariant に深く関連するようおもわれた。深谷の本で、グロモフ‐ウィッテン不変量 Gromov-Witten invariant から量子コホモロジー環 quantum cohomology ring が得られ、さらにグロモフ‐ウィッテンポテンシャル Gromov-Witten potential が得られることを知った。言語は数学と物理に接近していった。むかしから気になっていた対称性も論理的に点検できるよ うになった。或る仮定のもとで、たとえば或るひとつの図形、多様体から、様々な言語の性格がモデルとして点検できるようになった 。 その中心のひとつにコンツェヴィッチが提起したホモロジー的ミラー対称性 homological mirror symmetry があった。 図書館での作業に疲れると、屋上に出た。暗いにび色の秋空の下に広がる都市は人間の営みの壮大さを伝えてい た。遠い都市の音が こだまのように響いてくる。鳥が空を翔けるように、人はこの都市を翔けているのだろうか。ときおり鳥が高い建物群の青緑色のガラ スに衝突して地上に墜落するように、人も地上で衝突してどこかに墜落するのだろうか。  かつて章炳麟の文始という本で、鳥に関する記載を読んだことがあった。「漢書宣帝紀、元康三年の詔に曰く、五色の鳥、万数を以 て属県を飛過す」。五色の鳥が一万羽も空を飛んでいったことがあったらしい。  文始はさらに漢書の引用を続ける。    神爵三年の詔に曰く、正月乙丑、鳳皇、甘露を京師に降集し、群鳥従うに万数を以てす、是の漢書の所見は実然たり 鳳凰が都に甘露を降り注ぎ、それを求めて一万の鳥が集まった、この漢書の記事は事実である、という内容だ。 章炳麟がこれらの記載を信じたかどうか、それはわからない。しかし章炳麟の癖からすれば、自然なこととして信じていたかもしれ ない。  図書館の屋上の回遊式の庭園に、秋の花々が乱舞していた。白い秋明菊、黄色い丸菊、野紺菊。地味なホトトギスと地に這う白くこ まかいアリッサムの花。空色のサルビア、赤いチェリーセージ、紫のローズマリーと淡青のバヂル。濃い青のセントポーリア、白いサ フィニア、深紅のゼラニウムの鉢とハンギング。ヒューケラ、ドラシナコンセンナ、サンセベリアの観葉植物。スパッティも緑が濃く ウメモドキがもう赤く実を色づかせている。つぼみをふっくらと膨らませ始めたさまざまなサザンカ、風にそよぐ最後のコスモスの花 かなり背を高くしてきたウインタークレマチス、残り少ない葡萄棚の大きな葉、そしてときおり吹く強い風に揺れる赤や白の大輪のバ ラ。よく見ると季節をたがえた淡紅のボケの花も見える。シャラが美しく紅葉し、ハナミズキはその葉を褐色に変えている。そのかた わらではシャクナゲが、つぼみをすでにかなり膨らませていた。 秋がしだいに深まっていた。  風に乗って都市線の音が聞こえてくる。Kはどうしているか。そうだ、文書に献辞をつけよう。For familiar days with K。 家に戻っても文書を書き続けた。時間を含む言語空間は、直線から平面へ、そこから球面へとすこしずつ拡張していった。ロ ジャー・ペンローズの仕事に惹かれて、射影的なモデルを作ってみた。深夜そのことを考えていたとき、言語がオーロラのように天空 を舞ったら美しいだろうとおもった。 実数全体を直線に対応させたように、複素数全体を平面に対応させると、複素平面ができる。二つの実数で確定する複素数を言語単 位としてその平面上に置き、それを言語点と呼ぶ。その平面の原点から垂直な第三の座標軸を立て、原点を中心とした単位半径をもつ 球面を作る。球面は新しい座標軸の半径1の点で交わる。その点と複素平面上の言語点とを直線で結ぶと、言語点が1以上の距離を持 つとき、球面と一点で交わる。距離が1以下のときは言語点は球の内部に入り、球面と交わらない。言語の限界をこれで示す。 通常の言語点は距離が1を超えると球面の天空に射影される。その射影をオーロラと呼ぶ。無限遠の言語点はZ軸上の球面に収束す る。無限の言語を有限上に取り込める。複素平面上の二点を結んだ直線は球面天空に弧を描く。平面状の二直線は天空で二つの弧とな り、四点を結べば、いびつな四辺形が天空に浮かぶ。ここで天空の点を語、弧を文、四辺形を文章とモデル化すれば、そこに言語が浮 かび上がる。言語はオーロラとなって天空に舞う。 Language is aurora dancing above us. そう記してKにささげた。

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